つながりの中にお酒がある。
酒造りは「地域の結晶」
だと考えています。
だから私たちは
原料である麦や芋をつくる
ことから始めています。
環境、農業の持続性を守りながら
この土地とともに酒を造り続ける。
それが私たちの誇りです。

黒木本店/尾鈴山蒸留所 代表
黒木信作
違うことをしようってずっと思っていました。
まずは、黒木本店、そして
尾鈴山蒸留所の歴史や、黒木さんにとっての
原風景から教えていただけますか。
私が5代目として引き継いだ蔵が黒木本店で、創業は1885年です。新しい尾鈴山蒸留所は1998年に始めました。もともといきさつとして複雑なんですけど、黒木本店の蔵が商業地域の中にあって、熟成酒も多いものですから、手狭になった時に移転を考えたんです。諸々のタイミング、条件が重なって、移転ではなく新しく立ち上げたのが尾鈴山蒸留所です。
100年以上の歴史がある場所で、子どもの頃は
どのように過ごされていたのでしょうか。
学校が終わって帰ってくると、ここで親の仕事が終わるのを待っていたんで、僕らの敷地内で自転車の乗り方を覚えたり、友達と貯蔵庫でかくれんぼしたりというのが日常だったんですね。蔵でお酒を造っているのは、なんとなくわかっていました。たまに親がお酒を飲んでいる様子とか、そういったものは見ていましたね。
自分の場合は次男でして、うちの蔵の場合は代々長男が継いできたんですけども、自分がお酒を飲む歳になっても、親からも違うことをやるようにと言われていましたし、自分も宮崎を出て、違うことをしようってずっと思っていました。
そこから、どのような心境の変化が
あったのでしょうか。
やはり一番思ったのは、焼酎ってもったいないなって思ったんです。大人になって、実際の仕込みの様子を体験させてもらった時、「もっとこうしたらいいのに」とか「ここの香りが気になるな」というのが、なぜか自分の中にすごく湧いてきて。発酵中にいい香りがあるのに、それが最後まで残っていなかったり、焼酎になった時にあまり感じられない、とか。それまで仕事って与えられるものだと思っていたんですけど、すごく能動的に「こうしたらいいのに、なんでこうしないんだろう」というのが出てきて、その気持ちのまま、未だに続けているような感覚です。
焼酎造りの面白さに気づいたんです。
その「もったいない」という感覚について、
もう少し詳しく聞かせてください。
フランスにワイン留学をした時期があるんですけど、現地の人は焼酎のことを誰も知らないんですよね。「日本酒は少し知っているけど」もしくは、「韓国の焼酎なら知っているよ」みたいな。焼酎にはこれだけ魅力と個性と可能性があるのに、やれることがまだたくさんありそうだ、と当時すごく思いました。
フランスで現地のワイン造りに触れて仕込みを体験した中で、ワインは本当にその土地に根ざした地酒なんだと感じたんです。でも焼酎にもワインにはない魅力がある。こうじを使った発酵であるとか、こんなに原料の香りを引き出している蒸留酒は世界的にもないんじゃないかとか。
研修していたワイナリーの当主の方に、「ここは僕にとって天国みたいだ」って憧れて言ったら、「こんな田舎の何がいいんだ」って笑われたんですよ。それが若い頃、「絶対外に出たいな」「地元に帰りたくないな」と思っていた当時の自分の気持ちに重なって。みんな同じ気持ちなのに、当たり前にワインを造っている彼らの姿がすごく眩しく映って「もしかしたら、自分が焼酎でもっとできることがあるんじゃないか」と思ったんです。きっかけはワインだったんですけど、そこで得た学びと感動を、ワインを造ることで恩返しするんじゃなくて、焼酎で自分たちにしかできない形でやった方が一生の仕事としてすごく面白いんじゃないか、焼酎の唯一無二の魅力と個性をこれからもどんどん引き出していきたいって「パッ」と思ったんですよね。