盆明けの屋久島の海は陽光を浴びて輝き、背後にそそり立つ急峻な山並みの山頂には霧が流れていた。霧の切れ間に花崗岩がむき出しになったモッチョム岳が人を威圧するかのようにそそり立っていた。その左にお坊さんが赤子を抱いたかのように見える耳岳と呼ばれる奇妙な岩が見える。ホテルの従業員は屋久島の景観で一番のお薦めは、雨上がりにむき出しの岩から流れ落ちる滝だと言った。いつもは乾いた岩肌に突然、滝となって流れ落ちる光景が感動的だという。南の島、屋久島の日差しは強い。ひと月に35日降るという雨が蒸発して霧となる。山頂は北海道なみの気候とあれば、立ち上る湯気は直ちに冷却されて蒸留水となって落下し、滝となって岩肌を駆け下りる。屋久島は巨大な蒸留所なのである。
そんな屋久島で造られる焼酎が近年人気を呼んでいるが、昔は相当の密造焼酎が造られていたところでもあったらしい。終戦後、九州各地で密造酒は盛んに造られていたが、ここの密造酒はいささか趣が異なる。安房から県道を西に走ると、暫くして「焼酎川」というバス停がある。さすが、巨大蒸留所の島と思いたくなるが、どうやらこの付近が密造焼酎の産地であったことから名づけられたもののようである。密造酒は取締りとの戦いでもあり、知恵比べでもあった。摘発される前に証拠を隠滅しなければならない。訪れたときは清流が静かに流れる小さな川だったが、ひとたび雨が降ると勢いよく焼酎や焼酎粕を海へ流しだしてくれたのだろうか。屋久島のこんもりとした森で造られ、屋久島の急流に助けられた密造焼酎が今、焼酎にいとおしさを感じる島人により「焼酎川」にその名を残している。
耳岳の巨岩は、ある人はキリストを抱いたマリア像に見えるというが、こよなく焼酎を愛するわが身には焼酎甕を抱いたお坊さんか、酒好きの老人が二人で肩を組みながら酒を酌み交わす姿に見えた。
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