日本酒を仕事として関わるようになって20年。日本中を講演して回る中で心に残る食べものと日本酒について語る「食・酒談議」のシリーズです。
真夜中に小樽を出航するフェリーで6時間余り、直線距離で約200Km明け方には利尻富士と呼ばれる美しい島影が見えてきます。この海路は夏の数ヶ月間だけの運行で、それ以外の季節、この辺りの日本海は波が荒く、航行が非常に難しいそうです。他のルートには札幌からの空路と稚内(ワッカナイ)からのフェリーがあるのですが、いずれにしても、この島へ行くことは、かなりの幸運が必要だと北海道在住の知人に聞きました。
利尻島は直径20Km、利尻山は1721m、下から海抜高度が上がるごとに植生の異なる高山植物の宝庫となっていて、その無垢の環境と共に学術的価値の高い島です。一方の礼文島は平坦で利尻からの船で小一時間、信号が1つしかない貴重な離島です。
この島の名物がウニ、イクラ、それにそぎ切りしたアワビ、緑鮮やかな芽昆布の4色丼です。ふうわいととろける柿色のウニ、プツンプツンとはじける赤橙色のイクラ、さっと蒸した象牙色のアワビを噛みしめると、昆布から塩味と磯の香りを引き算した透明な甘い旨味が染み出してきます。これをコリコリ、ヌラヌラした芽昆布がマスキングすることなく強力にサポートするという。
色、味、食感が違う素材が栄養のバランスよく、熱々のご飯に乗っかっています。ところが、日本酒も相の手にいただいてみたのですが、この丼はこれで完成した味の宇宙で酒のつけ入るスキがないのです。
ここで私は考えてみました。一見同じように見えていても酒の肴とご飯のおかずとの間にいかなるへだたりがあるのかという、この探究がライフワークになり得るのではないのかと思ったのでした。
ここはかつて、ニシンの大漁港であり、海から急傾斜の高い山がせまっている風光明媚な処で、あちこちに黒光りのする「ニシン御殿」が絵のように見えます。
また、ここ増毛は私の大切な友人である、世界のシェフ三國清三氏の故郷でもあります。地の酒もあって、小さな蔵ですが、非常に繊細な味わいのタイプと北海道産の米「きらら392」で造ったもの、もう一つに、その昔、人手不足の折、多くの洗れ者漁師が好むガツンとして酸味の切れ上がるタイプを醸しています。
上がる魚介はどれも特上なのですが、以外にも「ニシンの糠漬け」が心に残ります。これは豊漁で穫れ過ぎたニシンを強い塩味の米糠に漬け込んだもので、一年物から三年物、また甘塩タイプもあって、極めて美味なるご馳走です。地元の方にはあたりまえであっても、焙って酒の肴に絶品、糠を洗い落として、ご飯やお茶漬けの友としても良く、冷暗所でじっくりと熟成したニシンの身と脂の旨味は忘れられない味わいです。
まさにスローフードを地でゆく逸品だと言えるでしょう。
そしてまた、あの疑問、酒の肴とご飯のおかずの近いようでいて、論理的に間尺に合わない違い。これがまた、頭をもたげてくるのでした。
~続く~