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日本酒スタイリスト 木村 克己
日本酒・目からウロコの話 6月号

新シリーズ第2回目・番外編「地中海と酒」その2

地中海の船旅

エジプトのアレキサンドリアを出港した「ぱしふぃっくびいなす号」29.000tは乗客350人を乗せてギリシアのサントリーニ島からトルコのクサダシを経て再びギリシアへ、アテネの港ピレウスへと向かいます。サントリーニ島はエーゲ海の孤島で高さ約300mの断崖が囲む珍しい島です。天気はあいにくの雨、上陸して船のレストラン用ワインの買い付けを行い、船内でディナーとなりました。

「ぱしふぃくびいなす」の乗客の平均年齢は約70才、このため食事の8割は和食で構成されているのがこの船の特徴です。お客様への付加サービスもあって、乗客と乗組員、サービス以外には私のような講師やエンターティナーが常時入れ替わります。手品師や歌手、落語家、ダンス講師、ヨガや太極拳のインストラクター、水墨画家、詩人、コンピュータ講師、アンティークの講師、美術学者など多彩な顔ぶれです。

このような様々な分野のスペシャリストの方々は、夜な夜な飲み会を行ないます。私がいる間の幹事は当然ながら私が務めます。どなたもお酒を好み、船の中での交流を楽しんでいます。話は本当に多角的で多方面へ拡がるのですが、中でも料理やお酒、特にワインと日本酒の話は大いに盛り上がります。

食事中でも大概がこういったグループ8~10人で卓を囲みます。サントリーニ島のワインと日本の酒処の日本酒を比較しながら味わったのです。少し冷やした日本酒はこの時、非常においしく体に染み透ってゆく味わいで、地中海の上でも充分に香りのある飲み応えだったのです。これは私だけでなく他のメンバーも同様に感じたことです。

アテネを出港しイスタンブールをかすめて、黒海はウクライナのオデッサ、そしてヤルタ会談で有名なヤルタへと進みます。黒海はワイン葡萄の原産地であり大変乾いた気候です。ヤルタは港からすぐ2000m級の山が三方に屏風のように立つ雄大で大変に美しい所です。イスタンブールもエキゾチックな忘れ難いシルエットの町でした。

この2ヶ所でも同じ日本酒を味わったのですが、このような空気の乾燥した土地では日本酒のまろやかなしっとり感が失われ、米の旨味や香りが、重たく、ねっとりとして、喉を通りにくくなるのです。ところが海の上に出ると、またおいしくなるという、わけのわからないことになりました。

以前にもハワイやロスアンゼルスでも同様の体験をし、一方で霧のロンドンでは極めておいしくいただけたことも含めて、私は次のような仮説を立ててみました。
つまり日本酒の持つ湿潤でたおやかな味わいやなめらかさ、旨味の余韻の楽しみは、あるレベルの湿気がある場所で本来の持ち味を発揮するのではないか、気温との複雑で微妙な相関もあるのだろうけれども、日本酒は湿っ気の文化の中で精気を生じるのではないだろうか、ということなのです。

5月30日にイタリアのベニスで下船し、ローマから帰途についた訳ですが、ピラミッド、エフェソの遺跡、パルテノン神殿、ブルーモスク、バチカン大聖堂といった並いる世界遺産を見、各地の特産物と酒をいただきながら、日本酒のこれからの存在を考えさせられた旅でありました。

~了~

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